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用語集

腟内フローラ

腟内フローラとは?

妊娠を目指すとき、ホルモンバランスや栄養管理に気を配る方が多いでしょう。

近年では、それに加えて「腟内フローラ」という腟の中の細菌叢への注目も急速に高まっています。

細菌叢とはある特定の場所(例えば腸内、皮膚など)に存在する細菌の集団のことです。

腟の中に存在する細菌叢のバランスが、妊娠のしやすさに関係していることが医療、特に不妊治療の研究の中で明らかになってきたからです。

腟の中には常に細菌がいる

私たちの体には、目に見えないほど小さな細菌が多数存在し、私たちと共生しています。

その細菌数は約100兆個と言われ、体の各部位で細菌叢を形成しています。

腎臓・生殖器には全体の9%の細菌が存在し、大部分をラクトバチルスという乳酸桿菌が占めます。

腟内に存在するラクトバチルスは20菌種とされており、通常、L.クリスパタス、L.ガセリ、L.イナーズ、L.ジェンセニイの4菌種が腟内で優勢を占めています(Lはラクトバチルスのことです)。

ラクトバチルスとは

ラクトバチルスは、ドイツの産婦人科医アルベルト・デーデルラインが1892年に発見したことにちなんで「デーデルライン桿菌」と呼ばれてきました。

桿菌とは、細菌の一種で、棒状または円筒状の形状をしたものの総称です。

この桿菌が後にラクトバチルス属であることが判明しました。

ラクトバチルスは二次性徴以前の以前の女児には見られません。

初潮の直前から突如腟内に存在しはじめ、閉経と同時に消えていきます。

興味深いことに、腟内細菌叢がラクトバチルス優位なのはヒトの女性のみで、他の霊長類では見られません。

ラクトバチルスは腟上皮細胞内のグリコーゲン(動物の体内で貯蔵される多糖類)を餌に増殖します。

二次性徴によるエストロゲン(女性ホルモン)の増加で腟上皮細胞がグリコーゲンを多く産生するようになり、直腸から腟へラクトバチルスが移動してすると考えられています。

ラクトバチルスの増殖

上述のとおり、ラクトバチルスは腟上皮細胞内のグリコーゲンを餌にして増殖します。

グリコーゲンはエストロゲンの増加に伴い増えていきます。

月経直後はエストロゲンが少ないのでラクトバチルスも少なく、月経が進むとエストロゲン増加に伴いラクトバチルスも増えていきます。

しかし、ラクトバチルスが減少することもあります。

その代表例が抗生剤の使用です。

細菌性腟症などで使用される抗生剤は確実にラクトバチルスを減少させます。

また、ストレスによる排卵障害でも減少すると言われています。

ラクトバチルスの防御機構

ラクトバチルスはグリコーゲンを餌に乳酸を産生し、酸性環境を形成します。

腟内が酸性環境であれば、雑菌の繁殖は抑えられます。

同時にラクトバチルスは過酸化水素(H2O2)や、バクテリオシン(細菌が産生するタンパク質やペプチドの総称で、抗菌作用がある)を産生すること、バイオフィルム(細菌などの微生物が形成する薄い層の総称)を形成することにより抗微生物活性、すなわちHIVや性感染症に対する防御を発揮します。

この点が、多くの女性を悩ます細菌性腟症への応用も可能だと言われている理由です。

このような理由から、ラクトバチルス優位の腟内環境は理想的とされています。

ラクトバチルスと妊娠には深い関係がある

2010年代にゲノム解析技術に基づくNGS検査(次世代シーケンス検査)の進歩により、腟内フローラの種レベルでの特定が急速に進みました。

その結果、生児出生群の子宮内細菌叢において、ラクトバチルスの存在率が高く、特にL.クリスパタスが有意に多く存在することが明らかになりました。

非妊娠群においてはそもそもラクチバチルスが存在しない例も多数見られ、流産群においては、ラクチバチルス、L.クリスパタスが生児出生群に比べて低いことも明らかになりました。

L.クリスパタスはラクトバチルスの中でも特に乳酸を安定的に産生し、腟内の酸性環境を保つ働きがあるとされています。

腟内が酸性に保たれることで、病原菌の増殖が抑えられ、炎症や感染のリスクが軽減しやすくなります。

実際に、クリスパタスが多く存在する腟内では妊娠率が高い傾向があることは今では世界的なコンセンサスになっています。

こうした背景から、腟内フローラ検査ではこの菌の存在が一つの評価基準とされており、妊娠を希望する女性への検査項目に取り入れる医療機関も見られるようになってきました。

L.クリスパタスとL.イナーズ

1-1で「L.クリスパタス、L.ガセリ、L.イナーズ、L.ジェンセニイの4種が腟内で優勢を占める」と書きましたが、L.イナーズには注意が必要です。

というのも、「生児出生群の子宮内細菌叢において、特にL.クリスパタスが有意に多く存在するが、L.イナーズは逆相関になっている」ということが明らかになっているのです。

少し難しい表現なので噛み砕いて説明すると、「L.イナーズが優位の場合早産(死産)になりやすい」ということです。

ラクトバチルスはすべてが味方ということではなく、L.イナーズには注意が必要です。

L.イナーズ対策として、同じラクトバチルスのL.ジェンセニイが「L.イナーズの細胞障害物質の遺伝子の発現量を押さえる」という報告が注目されています。

不妊治療で注目される腟内の環境

近年、不妊治療を受ける際には、子宮や卵巣の状態だけでなく、腟内(子宮内)フローラの状態も検査(NGS検査)されることが増えました。

特に、厚労省のフローラ検査への先進医療認定がきっかけになったようです。

その検査においては、「ラクトバチルスの量が少ない、あるいはL.イナーズや他の悪玉菌が優勢になっている場合、感染リスクが高まるだけでなく、着床障害につながる症例」が多数報告されています。

そのため、不妊治療と並行して腟内環境の改善に取り組む医療機関が増えてきています。

子宮の中にも菌がいることが明らかに

かつて無菌と言われていた子宮内に常在菌が存在することが明らかになったのは2015年のことで米国ラトガース大学の研究結果です。

さらに子宮内フローラの乱れが体外受精の結果を悪くすることも、スタンフォード大学のサイモン博士らによって明らかになりました。

子宮内の善玉菌はおそらく腟からの上行性により腟内の善玉菌が移動したものとされています。

その存在が妊娠や不妊にどう関わっているのか、まだ研究段階ではあるものの、重要な因子であると考えられています。

細菌性腟症への応用

ラクトバチルスの腟への好影響の効果は計り知れません。

これまで細菌性腟症へは抗生剤の投与が一般的でしたが、今後はラクトバチルスを使う可能性も十分考えられます。

腟内フローラを整えるためにできること

腟内フローラはとても繊細なバランスで成り立っており、日常のちょっとした行動が環境の乱れにつながることもあります。

妊娠しやすい体づくりやトラブルの予防のためには、腟内のラクトバチルスが優位な状態を保つことが大切です。

ここでは、生活の中で意識できるケアの方法について具体的に紹介します。

食事と生活習慣の整え方

腟内フローラの健やかさを保つには、体全体の健康を意識した生活習慣づくりが重要です。

睡眠不足やストレスは自律神経の乱れにつながり、免疫機能の低下を招くおそれがあります。

十分な休養と心身のリズムを整える生活を意識しましょう。

洗浄や服装で気をつけたいこと

清潔に保とうとするあまり、腟内を頻繁に洗浄しすぎると善玉菌まで洗い流してしまう可能性があります。

専用の洗浄剤や石けんを過剰に使うことは避け、必要最低限のケアにとどめたほうがよいでしょう。

また、通気性の悪い下着や締め付けの強い服装は蒸れを引き起こし、雑菌の繁殖を助けることがあります。

綿素材の下着やゆとりのある衣類を選ぶことで、腟内環境が快適に保たれやすくなると言われています。

自己判断によるケアのリスク

市販のフェムケア商品を自己判断で使い続けると、かえって腟内フローラを乱す原因になることがあります。

とくに刺激の強い成分が含まれた製品は、炎症やかゆみなどの症状を引き起こすことがあるため注意が必要です。

「なんとなく不安だから」といった理由であれこれ試すのではなく、継続的な不調があるときは婦人科などで相談することをおすすめします。

誤ったケアを防ぐためにも、正しい知識に基づいた対策が求められます。

乳酸菌を補うためのサプリメント

食事やサプリメントで経口摂取した乳酸菌が腟や子宮に便経由で腟へ入っていくことは理論的には考えられますが、かなり間接的で遠いような気がします。

そのため、最近では腟内環境改善のために特別に開発された医師の指導の元で使用するラクトバチルスサプリメント製品も登場しています。

腟内環境を意識するタイミング

腟内フローラはホルモンの影響を受けやすく、排卵前後や生理中は特に変化が起こりやすいとされています。

このような時期は環境が不安定になりやすいため、体調やおりものの状態に気を配ることが大切です。

また、妊娠を希望する場合には、検査やケアを受けるタイミングにも注意を払う必要があります。

自分の体のリズムを把握しながら、可能であれば腟内フローラに精通した医師と相談しながら無理のない範囲で継続的にケアを続けていくことが望ましいでしょう。